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掌篇集




  不可抗力

質問状 その1
パライソはどこだ?

 上のような質問状がわが家の郵便ポストに投げ込まれてあった。そしてそれには次のように記されてあったのだ。

質問状 その1
パライソはどこだ?

 上のようなわけなのである。おれが死にたくなったのも思えば無理からぬことではなかっただろうか? そうなのである。こういったことを世に不可抗力というのだ。
ガオ〜!  




  胃癌ですよ

「胃癌ですよ」
 病院へ行くとそう言われた。満更でもない気分であった。それを告げた医師もまた満更でもない顔をしていた。おれは奴がホモだと思い、そのうえ奴は魅力的でもあったので、キスをした。すると奴の唇からはおれの大嫌いな納豆の味と臭いが滲み出してきたのだ。おれはもう少しで吐きそうになり、「離せ」と言った。しかしそれでも奴はおれの唇を離してはくれない。おれが必要なのだと言う。おれは辛抱堪らす、奴の口中へと吐いてしまった。すると奴はおれのゲロを「旨い。うまい」と言って啜るのである。おれは気分が悪くなり、しかも重病人なので、思わずコロッと首が転がり、死んでしまった。




  僕は死刑!

「雨の降る日は、天気が悪い」と言ったのは太宰治だけれど、愚図つくようなはっきりしない今日の天気は、僕の心を重くさせた。今日から大学も後期授業が開始されるらしいが、もともと大学なぞ卒業する気力のない僕には関係のないことだ。朝九時過ぎに眼を醒まし、それから健康的に体操をして、風呂を使い、汗を流し、片岡義男の『人生は野菜スープ』の読みかけを読破して、昼飯を食べ終わると、あとは何もすることがなかった。映画でも観に行こうかと『じんぼ』を捲ってみたが、観たい映画はひとつもなかった。それにしても昨晩はひどく長電話をしてしてしまったものだなあ───無聊のなかで今更ながらに思い返し、僕はニタニタと薄気味悪く嗤うのだった。するとそこにジンボが現れ、「ジンボ! ジンボ!」と言って僕の頭を撫で廻すのである。またその声はときによって「道具! 道具!」と言っているようにも聞こえるのだった。「おれは道具だ!」僕は羞恥心のなかで真っ赤になって〈M・Kに〉と題された自作の詩を熱っぽく心情を込めて朗読するのだった。「いい詩だなあ」鼻糞をほじくりながら、カバのように間延びのした声でそう言うと、ジンボはケタケ タ嗤いながら走って行ってしまった。昨晩の電話というのは、ゲキンボ・カバチョという名の女性と三時間四十五分の間、休みなしに電話で会話したというものだが、その女性というのはもちろんジンボのことではない。ジンボは男だからである。というのもそのときジンボは男だったからだ。だがそのとき僕は四時に新宿駅で友人と待ち合わせをしていることを思い出した。それはコダイラ地方というところに棲息している一匹のジンボであったが、名をジンボと言った。新宿駅に到着したとき、すでに四時半を少し廻っていた。途中でオカマにホモられたからである。そのうえ警官の息子に頭をポカリと殴られた。「随分と遅いじゃないか。一分間千円として、三十三分だから、まあ三十分としても、三万円の罰金だぜ」と宣告され、僕は三万円を彼に支払うこととなった。あと二十円しか残らなかった。「飯でも喰おう」と彼が言うので、ついて行った。「金がない」と言うと、「心配するな」と言うので、心配だったが、カルビクッパを頼んだ。ゴキブリの味がした。ジンボがヒョイと舌を伸ばして掴まえたのを「旨いよ」と言って僕の丼に投げ込んだからである。勘定を払う段になって、彼は自分の分だ けをさっさと済ますと、「釈迦は二十九歳で出家して、三十五歳で悟りを開いた。ジンボヒデキ二十歳の青春!」と言って、一人で行ってしまった。彼とはそれ以来逢っていない。僕は警察に掴まり、牢獄のなかで「私には愛がなかった!」と毎日三千回言わされることとなった。退屈だった。三年の月日が流れ、雨の日に僕は死刑になった。面会人はいなかった。




  鶏

 小平に住む友人を訪ねた帰りのことであった。僕は吊革に掴まり、電車の揺れに身を任せつつ、立ちっぱなしで疲れ果てた足の片方ずつに、かわるがわるに重心を移動させながら、安穏としてシートに腰をおろしている乗客たちを、多少羨望の眼差しで無聊に任せ観察していた。皆、退屈そうな表情でただむっと黙り込んで坐っていた。僕の視線がある一人の人物に磁石のように吸い寄せられた。その男はこんな顔をしていた。

こんなヘタ糞なマンガみたいな顔をした男がこの世にいるなんて!

 僕は思わず、プッと吹き出してしまった。こんなヘタ糞なマンガみたいな顔をした男がこの世にいるなんて! こいつはまったく奇蹟としか思えなかった。すると突然、後ろから肩を叩かれたのである。振り返るとそこには豚の顔をした奇妙な男が一人立っていた。よく見るとそれは僕の父親であった。
「やあ、お父さん」
 僕は愛想良く挨拶した。
「おお、ムキンポか。実は私がこんな顔をしているのには深いわけがある。かくかくしかじか」
「え、何ですって。すると今晩のおかずはお父さんを丸焼きにして食べるというんですか!? お父さんとももう暫くは逢えなくなりますね」
「なに、あと十日もすればまた生き返るさ。わっはっはっ」
 だが十日たっても父は生き返らなかった。
 だから僕には父親がいない。
 そしてその三日後に、母も牛の顔になってわが家の食卓に並ぶことになった。
 だから僕には母親もいない。
 人は僕を鶏のようだと言う。


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